土生鼓踊り


土生町の伝統芸能・土生鼓踊り

               岸和田市指定無形文化財



           (平成13年・山中一勲 記)


 土生町に伝わる「土生鼓踊り」の由来に就いての記録は何も残っていませんが、古老の伝承によると、約五百年前の室町時代に干ばつが続き米が不作で困っていた土生地域の農民が、雨ごいのため葛城山に登り山頂の八大龍王に祈願した。すると願いが届き雨が降りだしたので、大喜びした農民たちが土生神社の境内で樽や太鼓をたたいて踊ったのが始まりと伝えられています。
 その後盆踊りとして定着し今では毎年8月14日から3日間、伝統ある直径約2メートル、高さ約1メートルの大提灯の下、老若男女約300名が集まり、盛大に踊っています。(当初は土生神社境内で踊っていたとの説があり、その後西向寺境内に移り現在は東岸和田市民センターで行われている。)
 雨ごい踊りの形態を留めている盆踊りとして他に類例がなく、民俗学上非常に貴重な文化財だということで昭和64年1月1日付で岸和田市無形文化財の指定を頂き、又盆踊り期間中は民俗学研究者の人達がよく見学に来られます。昭和47年にNHKふるさとの歌まつり出演をきっかけに翌年「土生鼓踊り保存会」を結成し発足させました。以降過去数回出演しており、又テレビ岸和田でもよく放映されています。
 町内の長老の話しでは「昔は土生の鼓踊り言うたらそりゃ盛んで、皆バスに乗って見に来たもんや。夜店もあって賑やかで、年寄りから子供迄、踊り子や見物人がたくさんいて西向寺の境内から外へあふれ出ておった。」又あるおばあさんの話しは「おじいちゃんが音頭をとって孫が樽たたきをしたり、母嫁(おやこ)で仮装したり、年寄りから子供まで一緒になって踊り櫓の回りに三重、四重の輪が出来、ほのぼのとした光景があった。」とも。
 「土生鼓踊り」は約2間四方の櫓の中で「音頭」「樽たたき」櫓の回りを踊る「輪踊り」が三位一体となって構成され、流暢で優雅さが定評であります。
 以下その概略を記しておきます。
  樽たたき 櫓の中央に樽、左に締太鼓を置き、「ぶち」と呼ぶ短いばちを手に体を回転させたりあるいはそらせたりして樽と太鼓を交互に叩く。又手拭で頬被りをしたり法被に縄の腰紐を巻いたり、お面等をかぶったり扮装をしてアクロバット的に樽たたきをする姿は迫力がある。
  音頭 音頭の定説はないが、外題として「鈴木主税」「石童丸」「河内十人斬」「国定忠治」「関取千両幟」「太閤記」「白井権八」等が唄われており、樽たたきと呼吸のあったところが鼓踊り一番の見せ場である。
  踊り 踊りは櫓を中心に右回りで踊る「輪踊り」で、六拍動作で最後にチョンと手をたたく。踊りそのものは素朴でsるが、揃いの浴衣での踊りは優雅さがある。又8月15日の仮装大会も子供から大人まで思い思いに凝った衣装を身につけ、各踊り子が工夫をこらし、その時代を反映した仮装をして踊る姿は見物人の笑いを誘い盆踊りの一番盛り上がる時である。

主な出演先
 昭和47年11月16日(1972年)於岸和田市民会館
  市制施行50周年を迎えて NHK主催
  「NHKふるさとの歌まつり」出演 (ビデオ収録)
   (昭和47年12月28日放映)
   (広報きしわだ昭和47年12月10日 bQ81号にも掲載)
 年月不明 
   「泉佐野市民会館」出演
 昭和56年 8月21日(1981年)於おおさかフェスティバルホール
   「第24回大阪府老人クラブ大会」出演
 昭和60年10月26日(1985年)於岸和田市立文化会館
   大阪府民劇場第350回公演「大阪みんようまつり」出演
 昭和61年10月26日(1986年) 於愛知県江南市民文化会館
   昭和61年度移動芸術祭協賛公演
   「第28回近畿・東海・北陸ブロック民俗芸能大会」出演
 平成2年5月12日(1990年) 於大阪府いちょう館
   国際花と緑の博覧会(略称大阪花博)
   「岸和田市の日(来て・見て・岸和田、ふれあい城下町)」出演
 平成4年3月29日(1992年) 於東岸和田市民センター
   「満10周年市民センターまつり」出演
 平成10年7月(1998年)より毎年 於旭小学校校庭
   「旭・太田地区市民協議会納涼大会」出演


土生鼓踊り保存会は、先人達が築いて来られた伝統芸能の「土生鼓踊り」を末代まで継承するべく後継者の育成に努力をしているところです。(以上 山中記)

  
            <町会館での練習風景>


なお、土生鼓踊り 並びに土生鼓踊り保存会についてのお問い合わせは土生神社でも受けつけています。
  電話072−426−7287(土生神社・阪井まで)