土生の水利
土生の水利の源は津田川上流にある諸井堰である。諸兄堰とも言い、橘諸兄が作ったとの伝説もあるが、もともと川の右岸と左岸の諸手に水を分ける堰の意味であろう。地元の人は「もろゆ」または単に「ゆ(湯=堰)」という。この堰は岸和田市域の半分を支配する重要な堰である。そして元来土生の村域は神於山の麓まであって後に現在の土生滝村を分村していることからも、この堰がもとより土生村の堰であり、村の成立に欠かすことのできないものであったことがわかる。現在でも津田川右岸の土生水利の水路によって、土生のみならず、真上、八田町、更に尾生水利、作才水利、旧松村水利、そして野村、藤井、西之内まで水が分けられているのである。それは土生の歴史の古さと深さを物語る何よりの証拠であろう。
しかし、諸井堰の分水をめぐって近世近代を通じて土生と阿間河滝の争いが絶えなかったことが今に語り伝えられている。明治以降は裁判ともなって争われた。昔は寝ずの番で水が盗まれないように見張りに行ったのである。現在では水田も減り、水を取り合うほど必要とはしなくなった。それと共に水の大切さも忘れる生活になっているかも知れない。水をめぐって争った昔の人はまた水の大切さを知っていた人でもあったのである。ただ今でも諸井堰の分水の権利は毎年六月十六日まで土生にあり、それ以降阿間河滝に移ることが取り決めされている。
| 土生水利の年中行事 |
二月 第一日曜日 水利組合総会
第二日曜日 初堰(はつゆ)
‥‥組合員総勢50名弱で諸井堰分水地点から外環道路まで
の水路の溝掘り(掃除)

諸井堰
土生水利分水地点

諸井堰
土生水利分水地点よりの水路

諸井堰
土生水利分水地点よりの水路

諸井堰
(阿間河滝・野田井溝大堰)
第三土曜日 三町(土生、土生滝、八田町)溝掘り
‥‥八田町の豊田池までの水路の三町合同溝掘り
この日から土生水利に関わる池の水込めが行われ、現在では四月十日ぐらいまでにすべての池に水が入る。
六月 第一日曜日 溝掘り 町内の溝の掃除
第二日曜日 堰入れ 組合役員5名・評議員9名参加
‥‥午前8時30分事務所に集合して、中島池、孟正寺池、
今池、濁池などお神酒をまいて樋を抜く試験を行う。そ
の後堰板を入れる。
第三日曜日 田植え
‥‥この日初めて池の樋を抜くことを初樋(あらび)という。
水引の役の人が三人(土生二名、新田一名)いる。田植
えの日より4日間は連日樋を抜く。その後六月中は隔日
で樋を抜く。七月からは三日に一度樋を抜く。七月二十
五日頃樋止めと言って五日に一度に樋を抜き彼岸が終わ
る頃まで続く。昔は「彼岸のみとばらい」と言うことば
があり、彼岸の頃になると秋雨の季節になり、水がいら
なくなった。
第四日曜日 田植奉告祭
‥‥土生神社で水利組合の役員・評議員が参列して行い、直
会がある。
七月 土用入り(二十日前後) 土用祭
‥‥午前中土生神社宮司と水利組合代表一名土生滝の意賀美
神社での式に参列し、午後土生神社での土用祭が水利組
合役員評議員参列のもと行われる。
意賀美神社での式はもともと「土用のお神酒」といった。 以下その説明。
「土生水系の土生村、阿間河水系の阿間河五か村(畑・極楽寺・流木・神須屋・八田、ただし現在は畑はぬけ、真上)の当番の村は土用入りの七月二十日に「土用の御神酒」といって当番の座老一人・神官一人・小使一人の計三人が意賀美神社に 土生はお神酒五本 白瓜五個 阿間河五か村はお神酒三本 白瓜三個 を奉納する。神前にお供えをして式を営む。式が済むと直会となる。土生滝は土生を、また阿間河滝は阿間河五か村の代表を招待する。
神さんのお下がりとして酒五合ずつとお赤飯を折りに入れ一個ずつをお下渡しとなる。阿間河五か村の代表はお下がりを戴いて矢代寸神社に帰る。お土産を矢代寸神社にお供えをして五か村の座老衆と式を営む。当番の村が出すきうり、たこのご馳走になった。以前は土用入りのころ阿間河地方では白瓜は出来ていない。しかし必ずどんな遠方まで探し当てても白瓜を意賀美神社に奉納しなければならないことになっている。聞くところによると昔この地方に旱魃があった。土生、阿間河五か村は意賀美神社の神前に橋を架ける誓いをなし、その誓いを果たさなかった。それ以後どんな遠くまででも探しても白瓜を手に入れて神前に奉納することになったのだと言い伝えられている。」
八月十八日 養水祭
‥‥水利組合役員評議員と神社総代が参列して土生神社で式が営
まれる。
九月 彼岸の後樋を抜くのを終了し、 堰板あげ
刈り入れ‥‥現在は九月後半から刈り入れが行われるが、昔はもっと遅かった。
戦前は十一月一日に村で相撲をとって、それ以降刈り入れしたとも。
(十一月二十三日 実行組合の主催により土生神社において新嘗祭が行われる。)
| 近年の様子 |
○田植えの日 < 平成18年6月18日(日) >
神社の横を流れる紅葉川の水門が下ろされ、神社の前の水路に引かれた水が田んぼ目ざして勢いよく流れていきます。

田植えの日 紅葉川水門

田植えの日
土生神社前水路を流れる水

○土生町二丁目の水門立て札
水田に水を引くために水路の各所に設けられている水門を操作しますが、水門を下ろしたままにしてあると大雨時に水害の原因ともなりますので、水利組合では特に注意して管理されておられます。また池の堤から水がもれていないか常にチェックし、土嚢を積むなど対応されています。
○土用入りの日 < 平成18年7月20日(木) >
土用入りの日に当たり土生神社において土用祭が行われました。
午後3時からの土生神社の祭典に先立ち、午前11時に土生滝町の意賀美神社においての三社合同の土用入祭に宮司と水利組合代表一名参列。(宮司は矢代寸神社兼務の為午前9時30分より矢代寸神社の土用入祭斎行の後意賀美神社へ。矢代寸神社より当番町の総代と座老も参列)
午後3時よりの土用祭は土生町水利組合の役員評議員が参列。土用入りにあたりこれからの真夏の季節の台風、洪水、虫の災い、また干ばつなど自然災害がないことを祈り、無事に
収穫の季節を迎えることをお祈りしました。(かつて意賀美神社に白瓜をお供えした故事によ
り土用祭のお供えには今でも白瓜を加えるようにしています。)
祭典が終わると社務所で直会を行いお神酒を戴きました。
そしてその場がそのまま水利組合の会議の場になり今年の樋止めの日などが決められました。
樋止めは今月の25日に決まり、樋止め後初めて樋を抜くのは7月31日とし、それから5日ごとに樋を抜いて最終は9月24日の予定。但しそれ以降も水が必要になれば樋を抜くとのこと。また例年8月はじめに和泉葛城山頂の八大龍王社で行われる豊穣祈願祭へ参列するための打ち合わせなどもありました。
社務所での直会後の会議の様子
○溝掘りの日 <平成19年6月3日(日) >
土生町水利の溝掘りの日です。中島池から北と南の二手にわかれて水路の掃除をされるのです。
お昼前神社の横を流れる紅葉川 そして神社の前の水路をみながら、鍬や草刈機をかついだ水利の人たちが通り過ぎていきました。神社の前の水路が綺麗に掃除されていて驚いておられましたが、実はお隣の酒井さんが
掃除してくださったのです。ありがとうございます。
田植えが近づき、水を戴くのに感謝の気持ちをこめて水路を点検し清めるのです。そこには先人から受け継がれてきた汗と心の文化が流れているのです。
溝掘りの様子
○堰入れの日 <平成19年6月10日(日) >
土生町水利組合の堰入れの日です。
組合の役員さん達が池の樋を試験的に抜き、堰板を入れる日です。
土生神社の横を流れる紅葉川水路の水門の点検も行っておられました。水門を閉めると神社の前を流れる水路に水が入る仕組みになっています。

堰板を入れる様子
| 歴史資料・その他 |
明治時代 水利裁判に使われた諸兄井堰の図

諸兄牛堰水利系統図

土生郷 阿間河水利系統図(池郷)
