大熊街道探索


大熊街道探索


 土生神社正面を通っている道を大熊街道と呼んでいます。今は旭小学校児童の通学路でもあり、登下校時間になると子供達の賑やかな声が行き交う道ですが、歴史的に古い道であり、この道をたどると歴史の足音が響いてくるような旧街道なのです。大熊街道の名前の由来は道筋の大木と熊取の一字ずつをとっていると考えられていますが、地元の研究家月山渉氏によれば、熊取町・熊取町教育委員会刊「熊取の歴史」に大熊街道について、次のように出ているそうです。

 この街道は、岸和田市の土生から分岐し、極楽寺境内をぬけ、流木槍ヶ谷城の峠から清児高井城をぬけて近木川を渡り、三松千石堀城に至り、そこから左折して熊取小垣内・小谷から高田・成合を経て大木で粉河街道に合していました。室町のころは粉河街道の間道として根来・粉河の軍勢が往来する要路でした。

 この旧街道を探索しながら、土生と近隣の村のつながり、更には日本の歴史の中の土生を探っていきます。


牛滝道と大熊街道合流点附近