伝承する会/活動報告


土生神社 第4回 だんじり講座


テーマ 「彫刻師黒田一門について」
講 師  花内友樹 氏(木彫研究家)
日 時  平成18年2月26日(日)午後6時30分〜
参加者  22名


土生神社のだんじり講座について

 近年だんじり祭の盛り上がりと共にだんじり研究が盛んです。
 郷土の誇りであるだんじりを研究することは郷土を知ることにつながり、郷土愛を高めることにつながります。そのこと自体はまことに喜ばしいことです。
 だんじりはそれぞれの地域の氏神様の例祭に曳き出される神賑わいの芸能であって、氏神様への信仰心、ふだんお守り戴いていることへの感謝の心を表現するものです。しかし、だんじり曳行が盛んになるにつれ、その本来の意味が忘れられ、氏神様の存在を置き去りにしてだんじりだけが主役になっている傾向が見られます。同様にだんじり研究もだんじりだけが取り上げられて、神社とのつながりがかえりみられない傾向があります。
 そこで当社では氏神様と氏子のつながりという視点からだんじりを見つめ直すことを目的にだんじり講座を企画し開催しています。

 まだ回数はそれほど多くはありませんが、神社でだんじりに関する講座が連続して開催されているのは恐らくここだけです。
 細くとも長くこの講座を開催し、氏神様への信仰心を高め、遠い未来までも地域の大切な伝統文化として正しくだんじりが継承されていくことに貢献していきたいと願っています。
                        (土生神社 宮司 阪井健二)



黒田一門について

泉州方面で一番なじみのある一門。

@初代 黒田 正勝
生没年不詳 黒田佐吉郎子息で、本名政(正)敏。
黒田家3代目。彫師として初代。
"播州彫刻の祖"として伝えられている。作品不明。



A2代目 黒田 正勝
天保元年(1830)〜明治26年(1893) 享年64才
初代正勝の長男、本名嘉七郎。
淡路の大歳等の仕事を一手に引き受けた名匠。開藤太郎(後の開正藤)を育てる。

中山太鼓台(小豆郡池田町)・南所壇尻(三原郡三原町)・浜壇尻(津名郡津名町)
都志米山壇尻(津名郡五色町)・大町上壇尻(津名郡津名町)
葛尾壇尻(津名郡五色町)・上堺壇尻(津名郡五色町)・石神社太鼓台(柏原市)
大浜壇尻(津名郡五色町)・新村壇尻(洲本市)・平林壇尻(北淡町野島)
川向太鼓台(堺市石津)・広石北壇尻(津名郡五色町)・広石中壇尻(津名郡五色町)
明治22年頃 空区地車(神戸市東灘区)
岸和田市白原町先々代地車(昭和15年頃まで同町所有)
 2代目黒田正勝の作品で、後に開正藤が「これは親父の彫物だ」と言い淡路に持ち帰ったという。

B3代目 黒田正勝(本名嘉七郎)
明治9年(1876)〜昭和6年(1931)享年55才 住所:姫路市飾磨区
2代目黒田正勝の跡目息子で、開正藤の弟弟子。
後に木下舜次郎・松田正幸を育てる。

吉美屋台(姫路市大津区)・加家屋台(揖保郡御津町)
宮脇屋台(姫路市)・西治屋台(神崎郡)・上組屋台(加東郡)

大正11年頃 馬場町地車(貝塚市)(岸和田市大手町先代地車)
大正11年 七山地車(熊取町)(〃筋海町〃)
昭和4年 上町地車(岸和田市)
5年 中尾生地車(〃)(〃荒木町〃)
6年 田中町地車(泉大津市)
6年 育和連合福祉協議会地車(東住吉区)(泉大津市出屋敷町先代地車)

C開 正藤 明治5年6月8日〜昭和18年2月15日 享年71才
本名藤太郎兵庫県生穂生まれ。2代目黒田正勝に師事。
地元淡路島の壇尻、播州方面の屋台、
岸和田の地車等の彫刻を手掛ける。

明治35年 香川県小豆島池田町迎池太鼓台
40年 堺市西湊太鼓台
大正6年 岸和田市下野町地車
9年 専修寺 釣鐘堂
  大工 柏木福平(兵庫県津名郡津名町志築石神)
10年 生穂中組壇尻
  熊取町五門地車(岸和田市筋海町先々代)
  熊取町紺屋地車
11年 熊取町七山地車(岸和田市筋海先代)
  8月1日完成(*書簡が残る)
  岸和田市中町地車 9月13日完成
12年 貝塚市南町太鼓台
昭和3年 堺市石津若中太鼓台
   神戸市東灘区御影西区地車
4年 津名郡一宮町柳沢東壇尻
  高砂市農人町屋台・高砂市戎町屋台
  岸和田市上町地車(息子生a氏も参加)
5年 津名郡一宮町大木壇尻
7年 東大阪市池島町太鼓台・堺市陵南町太鼓台
8年 香川県小豆島淵崎赤穂屋太鼓台
11年 和歌山県橋本市脇地車(元貝塚市半田地車)
12年 香川県小豆島福田市尾崎太鼓台・12月八浄寺大師堂、山門(兵庫県津名郡津名町佐野)

年代不明
北淡町常盤壇尻・浅野南壇尻・石田壇尻(現在北淡町歴史民族資料館に彫物保存)・仁井壇尻
津名町木曽上壇尻・大町上組壇尻・明神壇尻「開 藤太郎」銘・石神壇尻・中田南壇尻
津名町中田南壇尻・土器屋壇尻・覗壇尻・札場壇尻・生野壇尻・一宮町西之上壇尻
五色町都志万歳・鳥飼上壇尻「開 藤太郎」銘・洲本市直田引きだんじり・美原町三條壇尻
南淡町阿万南町壇尻・賀集壇尻・住吉町壇尻・八尾市久宝寺太鼓台・小豆島本庄町鹿島太鼓台
池田町上地太鼓台・淵崎黒岩太鼓・香川県木田郡牟礼町落合宮北太鼓台
平見神社 拝殿(兵庫県津名郡一宮町江井)・遍照院 本堂(兵庫県洲本市栄町)

D開 生a 明治29年12月21日〜43年1月5日 享年72才
本名賢次(公輝)父に付き修業。
淡路島の壇尻、社寺、関西一円の太鼓台、地車等に作品を残し多大な影響を与えた。昭和7年頃までは父・正藤師の助として参加しているために合作が多い。
遺品の一部の書籍、下絵等は旬次郎師が保管。ノミは筒井和男師譲り受け。筒井伸師が使用。

大正6年 岸和田市下野町地車
10年 熊取町五門地車
11年 熊取町七山地車、岸和田市中町地車
12年 貝塚市南町太鼓台
昭和3年3月 神戸市東灘区御影西区地車
4年 岸和田市上町地車
5年 堺市北高尾地車(元和泉市小田地車)
6年 津名郡一宮町大木壇尻(狭間一面)
7年7月 津名郡津名町 宝生寺拝殿
  大工棟梁 上阪重太郎
8年 津名郡津名町 生穂八幡神社拝殿
 小豆島淵崎赤穂星太鼓台
  岸和田市筋海町地車
  堺市綾南町太鼓台
  黒壇使用 狭間正面「巴御前奮戦」右側「淡路 生穂 開生a」
9年 岸和田市流木地車・泉大津市下之町地車
10年10月 津名郡一宮町中村壇尻 黒壇にて彫刻
  代表作 狭間以外の彫刻は川原啓秀師の作
11年  和歌山県橋本市市脇地車(元貝塚市半田地車)
平成17年5月29日購入入魂式
  12年 泉大津市上之町地車、豊中市南梵天太鼓、小豆島福田尾崎太鼓台
14年 剣道具の欄間(津名郡津名町宅)
20年代 津名郡〜宮町下河合壇尻 狭間2面に「開公輝」
年代不明
三原町三條壇尻:狭間正面「鶴ヶ丘八幡宮」正面に「開生a」
三原郡八幡北壇尻
南淡町新田北壇尻:狭門「頼朝朽木隠れ」
  「楠公子別桜井の駅」裏面に「淡路島津名郡生穂 彫刻師 開賢次」
個人所有狭間「親子唐獅子」
  裏面に「淡路津名郡生穂町、美術彫刻師 開 生a刻」の銘有

E木下舜次郎 明治43年11月23日〜昭和47年9月19日 享年62才
兵庫県生穂中之内生まれ。現在の岸和田地車彫刻師の祖。
大正末頃 姫路市飾磨在3代目黒田正勝師に入門。黒田直系の技を継承。
昭和2年 弟弟子松田正幸師入門
4年 岸和田市上町地車新調(19才)
6年 師匠黒田正勝師他界 岸和田の地車大工の元へ。
7年 板原町地車(泉大津市) 岸和田市上町地車を参考として土呂幕等刻む
8年 土生滝町地車(岸和田市)・打出地車(芦屋市)
9年 中井町地車(岸和田市)・野田地車(堺市鳳)
10年 岡山町大西小路地車(岸和田市)
  観音寺地車(和泉市)
  正面土呂幕「川中島合戦」「淡路出身、美術木彫師 木下舜次郎作」の銘有
11年 西之内町地車(岸和田市)・稲田中地車(東大阪市)
12年 元町(第四区)地車(高石市)
14年 北村(第七区)地車(高石市)岡山町山出小路地車(岸和田市)・福田町地車(岸和田市)・山直中町地車(岸和田市)
15年 大手町地車(岸和田市)・北蛇草地車(東大阪市)
16年 堀之町子供太鼓台(貝塚市)
22年 八阪町地車(岸和田市)
23年 作才町地車(岸和田市)・八田町地車(岸和田市)・府中南之町(和泉市)
24年 橋室地車「積川東」(岸和田市)
25年 樫井西地車(泉佐野市)
26年 東之町地車(貝塚市)・玉串地車(東大阪市)
27年 中之浜町地車(岸和田市)
28年 上松地車(岸和田市)・西足代地車(大阪市生野区)
29年 無量寺(貝塚市)
30年 中之町地車(大阪市西淀川区)
  小松里町先代地車(岸和田市)
31年 土生町地車(岸和田市)・山下町地車(岸和田市)
32年 真上地車(岸和田市)・中北地車(岸和田市)
41年 泉穴師神社 戎社(泉大津市)
42年 菅原神社(岸和田市尾生町)
40年代 高野山の恵光院、地蔵院、総持院

F松田正幸 大正2年2月10日〜平成12年7月4日
享年87才 兵庫県津名町生穂生まれ。

昭和2年 15才で姫路市飾磨在3代目黒田正勝師に入門。
4年 岸和田市上町地車
6年 師匠死去。岸和田市に移り地車彫刻。東京・横浜に武者修行し神興彫刻等を手掛ける。
13年 貝塚市堤地車
15年  岸和田市宮川町地車
22年 岸和田市八阪町地車
24年 和泉市阪本町地車
25年 岸和田市田治米町地車(2年半の間1人で彫り上げる)37才の代表作。
26年 大阪市東成区東小橋地車、大阪市都島区桜宮地車
27年 大阪市城東区中浜地車
28年 兵庫県津名郡一宮町新村壇尻
31年 八尾市今井町子供太鼓台
34年  喪友・柏木俊夫東京芸大教授のすすめで、洲本市展など公募展に出品を始める。
40年頃より 俳句を読みはじめる。
45年 堺市梅北町太鼓台 創造美術協会入選、会員となる。作家としての道を歩み始める。
46年 新槐樹社展入選
47年 堺市中百舌鳥先代太鼓台 新槐樹社会友となる
48年 兵庫県彫刻家連盟会員に。生穂公民館で木彫教室の指導を始める。
49年 第18回新槐樹社展に於いて佳作賞受賞
50年 新槐樹社会員となる
50年  堺市土師町太鼓台
59年  岸和田市阿間河滝町地車新調
60年  堺市深井沢地車、深井東地車 兵庫県文化協会の「ふるさと文化賞」を受賞
61年  黄綬褒章受賞
62年  堺市平岡町地車、堺市深井清水町地車 新槐樹社会員退会
63年  岸和田市岡山東出小路地車
平成3年 岸和田市紙屋町地車
4年 岸和田市藤井町地車、岸和田市春木旭町地車
5年 兵庫県「ともしびの賞」受賞
6年 姫路市飾磨区中島屋台
9年 岸和田市内畑地車
11年 岸和田市額町地車
13年4月20日〜30日に淡路文化会館に於いて松田正幸遺作店が開催された。

G筒井和男
昭和9年9月10日〜昭和61年12月20日
享年52才 大阪生まれ生穂育ち
現在の岸和田地車彫刻師の立役者の1人。

昭和24年 岸和田にて木下舜次郎師へ入門。(15才)
26年 貝塚市東之町
27年 中之濱地車新調の際は下絵写し等の雑用を。
30年  西淀川区野里中地車
32年 岸和田市八田町地車・真上地車・岸和田市中北町地車
師匠の片腕として活躍
34年頃 岸和田を後に。京都妙心寺大心院阿吽洞工房で佐藤玄々師請負の「天女像」製作の助として参加するが、完成を待たずして工房を去り神戸の家具彫刻に活路を開く。
53年 岸和田に戻る。多数の地車修復などを手掛ける。
57年  岸和田市大沢町地車
59年  岸和田市荒木町地車
61年  忠岡濱之町地車・高石市大園町

木下賢治氏
昭和17年7月30日 岸和田市蛸地蔵生まれ
金光秀堂師(岡山県和気町曽根)の元へ 寺彫刻
横山輝夫師(神戸市灘区王子町)の元へ 西洋家具彫刻に従事
池田清師(大阪市)の元へ 家具装飾彫刻

昭和47年 父舜次郎他界(30才) 地車彫刻へ。体調を崩す。
52年 弟の頼定師に仕事を譲る
54年  頼定師の仕事場で再び仕事に就く
56年 独立。一番弟子小西清和師が入門。
61年 岸和田市吉井町・泉大津市元町地車
63年  岸和田市春木戎町地車・泉大津市宮本町地車
平成元年 貝塚市久保地車・泉大津市西之町地車・和泉市伯太地車・下伯太地車・堺市高山地車
3年 忠岡仲之町地車・岸和田市積川西地車
4年 和泉市池上町地車
6年 岸和田市小倉町地車、磯上地車
7年 貝塚市王子地車
8年 岸和田市池尻町地車
9年 泉大津市助松町地車、堺市平井町地車、和泉師王子町地車
10年 岸和田市額町地車、堺市百舌鳥西之町太鼓台
11年 堺市神野地車、岸和田市春木大小路町地車
12年 大阪市鶴見区諸口町地車、岸和田市尾生町地車
13年3月 有限会社木下彫刻工芸の代表となる
  堺市下田地車・高石市富木地車・泉大津市千原町地車・和泉市唐国町地車
  堺市日置荘北町地車・和泉市太町地車
14年 岸和田市沼町 土呂幕正面:賢治師 左右:長男健司師と河合伸仁師
  貝塚市地蔵堂地車・和泉市箕形町地車
15年 貝塚市窪田地車 和泉市黒鳥町辻小路地車・大阪市平野区野堂南地車
  岸和田市畑町地車・羽曳野市軽里地車
16年 泉佐野市長滝東ノ番地車、大阪市生野区四条、西宮市生瀬地車、東大阪市辻子太鼓台
17年 貝塚市三ツ松地車、和泉市東泉寺地車
現在内弟子8名

播州飾磨
黒田正勝系統図系図
初代 黒田正勝・二代目 黒田正勝
開正藤・三代目 黒田正勝
湯野金三郎・二代目 開生a・松田正幸・木下俊次郎
小菅和幸・砂子俊和・松田正彦・松本幸規・木下頼定・池上俊之・木下賢治・筒井和男
松田知里・山中久史・西田継男・荻原定春・三宅伸子・浅村明伸・谷口知彦・岸上和央・堀健二・山本仲伸・河合申仁・木下幸治・木下健司・小西清和  (松田武幸・筒井伸・松谷隆司・近藤晃・岸田恭司・平岡安雄)
古澤知貴・飯阪秀太・中岡徳軌  (川坂奈緒子・山本陽介・白井秀紀・浜中浩二・鮓谷俊治・高浜輝夫・前田明彦・片山晃)