森からの手紙


森からの手紙:平成17年/第3号


鎮守の森はいのちのふるさと

                             宮 司  阪井 健二

 土生神社の森には出井と呼ばれる湧水があります。周辺地域の環境の変化で昔に比べると湧いている水の量はかなり減少しているようですが、それでも大地の息吹のようにこの森の中に今も水は湧き豊かな森を育んでいます。
 この出井にはザリガニやめだかが棲んでいて、子供達の関心を集める場所になっています。今年はおたまじゃくしも大量に発生して、子供達の意味も尽きることがないようです。
 めだかなどを狙ってサギも飛んできます。そのほかこの森にはさまざまな鳥が飛んできて喧しい声を響かせています。
 先日は拝殿の軒下にヤマカミキリが止まってるのを見ました。この森で生まれたものなのか、どこからか飛んできたのかはわかりませんが、多くの昆虫達が集まってくる森の世界はこの地上が決して人間だけのものではない事を教えてくれます。
 頭の上を見上げると、地球のすべてを覆う空、世界とつながっている空が広がっています。その下に私達が暮らす小さな町があります。そこに暮らしているのは人間だけではありません。草も木も鳥も昆虫も魚もザリガニもみんなこの地域に共に暮らす家族と言えるでしょう。空という大きな屋根の下に私達の町という家があり、人間だけではない多くの生き物の家族が一緒にこの家で暮らしているのです。
 その家の中で神社の鎮守の森はすべての家族が一緒にくつろげるリビングルームのような場所でもあり、そこに私達すべてのいのちを産み出して下さった一番の源である神様をお祭りしてあるのです。言ってみれば氏神様は地域の中の一番の母屋であり、本家とも言えるでしょう。
 日本人は昔から四季折々の節目、また個人でも人生の節目には氏神様にお参りしてお祭を行い、私達がどんなに多くの恵みを与えられて生かされ、神様と共に、祖先と共に、すべての生あるものと共に生きているかを認識し、感謝の心を深めてきたのです。
 今私達は自然災害が起きると大騒ぎしますが、ふだんは気づかないだけで、その何倍もの恵みを自然から受けているのに、それが当たり前と思って感謝もせず、いざ災害が起きると自然災害だと騒いでいるのです。
 今祭りでだんじりを曳いて大騒ぎをしますが、あれはほんとうはふだんは当たり前と思っている天の恵みがかけがえのない大切なものなんだということを感謝する表現で祭を賑やかにするのです。いつもはそんなことをしておられないから、日本人はハレとケと言うように非日常と日常を分け、日常では当たり前に思いがちのことを、非日常的に感謝の表現をしてお祭を行うことを大切にしてきたのです。最近ではハレとケという観念がわからない日本人が増え、個人でも地鎮祭とか節目に行うお祭を必要のないもののように平気でいう人がいますが、そういう心の文化を育んできてくれた祖先に対する感謝の心が失われつつあるということでしょう。