森からの手紙


森からの手紙:平成17年/第5号


暑中お見舞い申し上げます

                             宮 司  阪井 健二

 六月二十六日水利組合の主催により田植奉告祭が行なわれました。毎年の恒例行事であり、この後七月十九日土用入祭、八月十八日養水祭と水利組合主催の祭典が夏の間続きます。
 今年は梅雨入りしても雨が少なく、九州方面では田植えが出来ない田もあり、伸びすぎた苗を捨てている様子がニュースでも映し出されていました。四国方面でも渇水が深刻となりました。一方で北陸方面など大雨で水害が心配されるなど異常気象が続きました。
 ようやく七月に入り梅雨らしくなりましたが、水の有難さなどふだんは忘れています。渇水の状態になって初めてふだんどれぐらい大きな恵みを戴いているか実感することとなります。昔の人は度々そういうことを経験してきていたから水を命と同じくらいに感じ天の恵みに感謝する心をいつも持っていたのです。夏の間行なわれる水利組合のお祭はこうした心の現われであろうと思います。
 今はこの地域に田畑も減り農業用水は昔ほどは必要としなくなりましたが、昔なら今年の梅雨前半の状態は旱魃が心配されるような年だったかも知れません。
 田植奉告祭は水利組合長以下役員が参列し、本殿神前において行なわれました。玉串奉奠は本殿に宮司と組合長が捧げた後、副組合長が末社のタカオカミ神社に玉串を捧げ拝礼しました。この末社は葛城さんの神さんといわれ和泉葛城山山頂に祀られている神様を分霊したものだと考えられています。
 和泉葛城山は雨乞いの山として知られています。山頂に八大竜王の祠があり、現在でも麓五か村によって守られ雨乞いの神事が行われています。大阪府の文化財に指定されている葛城踊りは現在は塔原に伝わるのみですが、もともと麓の全村で踊られた雨乞いの踊りでした。八大竜王社を祀る山頂付近はぶな林で覆われ、国の天然記念物指定を受けています。和泉葛城山は八百五十八メートルあり、かつての日本の民俗の不文律として八百メートル以上の山にはふだん立ち入らないという決まりがありました。そこは神様の領域でありました。そこに棲む熊はめったに人間と会うことのない神様の化身だと考えられていました。今日山が荒らされ、やむなく人里に出てくる熊が害獣として殺されるのは何て悲しいことでしょうか。もともと神様の領域として人間が立ち入らなかった場所であり、そうすることで山の森が守られ、山が豊かな水を蓄え、平地の田畑を潤し、更には海にも豊かな恵みをもたらせることを私達の祖先は知っていたのです。
 田植奉告祭において葛城さんの神様に玉串を捧げる拝礼には、自然の豊かな恵みのサイクルを知り、それを感謝の心で守り続けてきた私達の祖先の思いと知恵がいっぱいに詰まっているのです。すばらしいことだと感じます。そのようなお祭が今日まで連綿と続けられているこの地域に生きていることに誇りを持ち、大切にこの郷土の美しい心の文化を守り育ててゆきたいと願っています。