森からの手紙:平成18年/陽春号
希望をなくした時に新しい力が生まれる
宮 司 阪井 健二
去る三月の初め私達の神職の仲間である三十二歳の若い宮司さんが急死するという大変辛い出来事がありました。
一昨年宮司であらせられた父上を亡くされ、宮司に就任して一年あまりの突然の死でした。私達にとっても衝撃的な死でしたが、遺された母上をはじめ、ご家族や地域の人にとってどんなに悲しく辛いものか、想像してあまりあるものがあります。心よりご冥福をお祈りせずにはおれません。
彼には私が神道青年会で教化部を担当していた時、この土生神社にも来て戴いたことがありましたが、あまりに若過ぎる死は残念でなりませんし、未だに信じられません。
でも彼としては精一杯この世でのいのちを生き、そして生を終えたということでしょう。残された人間は彼の生きた人生の意味をかみ締め、今後の一人一人の人生に反映させていかなくてはならないでしょう。
いのちを終えることですべてが終わりとは思いませんし、魂は今も生き続けていると感じますが、少なくともこの世での直接の働きを自ら出来るのはこの世に生を持っている間だけです。この世で一日一日命を戴いて生きているのです。
この世に限っていえば、やはり人間は死んだら終わりです。反対に言えば生きている限り何か出来るのです。
どんなにつらい人生であっても、生きていることに勝ることはないと感じて、前向きに新たな一歩を踏み出すことが大切なのだと、あらためて若い彼の死から感じさせて戴きました。命は尊いものだということを深く胸に刻んで生きていかなくてはならないのです。
いま大阪府下だけでも年間二千人ぐらいの自殺者がいるそうです。一日でも長く生きたいと願いながら病気などでやむなく命を終えなければいけない人も多い中で、このことはまことに悲しく、残念なことですし、異常なことだとも思います。
私もそれなりに精神的なことでもだえ苦しみ、喘ぎながら生きてきましたが、人生苦について語るほどの経験はありません。だから死を思いつめるほどに追い詰められた人の気持ちをくみ取るだけの力はありませんが、そうした体験をしながらその窮地を乗り越えて生きてきた人の経験というものは医学で難病の人の命を救うのに匹敵するぐらい素晴らしいことなのではないかと思います。特に現在のように自殺者が増えている国では死の淵に追い詰められながらも生き抜き乗り越えていくことこそ、この国を救う新しい力、希望を生み出していく力になるのではないかと思うのです。だからどんなことがあってもどんな人にも生き抜いてほしいのです。
希望がないところからこそ新しい希望は生まれる、生きていくとは希望がないところに新しい希望を作ることだと、私も自分自身を励まして生きてきました。
ところで私はこの四月でこの土生神社の宮司に就任して丸三年となりました。
今振り返ると、宮司になる力など全然ない私が突然、何もわからないまま宮司に就任して奉仕することになったわけですから、とまどうことも多く、ずいぶん氏子の皆様にはご迷惑をおかけしてきたと思います。
ただ私はこの土生の地に来て、この土地には先達の皆様が築いてこられた素晴らしい歴史と伝統があることを感じ、尊敬と感謝の念を深くさせて戴きました。
そしていたらない私であるけれども、その歴史と伝統を守り、未来への生きる力として伝えていく仕事のお手伝いをさせて戴きたいと感じているのです。
人間一人の力は弱いものです。そしてこの生は突然いつ終わりが来るかわかりません。しかし人と人が出会い助け合って生きていく時素晴らしい力が生まれるのではないでしょうか。その力によってこの地域の歴史と伝統も築いてこられたのです。
いまこの地域のどこかにも希望を失って途方に暮れている人がいるかもしれませんが、共に強く生き抜いていこうとこの森から声援を送りたいのです。