森からの手紙


森からの手紙:平成18年/入梅号


氏神様に見守られていることに感謝して生きる

                             宮 司  阪井 健二

 私がこの土生の地に住んで四年、宮司に就任して丸三年となりました。あらためて氏子の皆様はじめ支えて戴いている多くの方に感謝の心をこめて今回の通信を書かせて戴くしだいです。
 私は城内小学校の出身で、現在の土生町二丁目からも黒崎窯業の社宅などから通学してくる友達がいましたので、初めは土生というと遠くから通ってくるんだなぁと感じたのを覚えています。でも距離的に言えば私が住む岸城町からの方が遠いのです。高学年になって、土生遺跡の発掘現場近くによく土器の破片探しにいくようになり、土生という場所を身近に感じるようになりました。土生の古代の人と向き合うところから私と土生の出会いが始まっていたのです。
 土生遺跡の中心部は現在の土生町二丁目にある城南公園のあたりです。この付近から最も多くの出土品があり、製塩に関連すると思われる周溝状遺構も発見されています。しかし現在付近に遺跡を示す標示などは何もありません。ある友人が昨年土生神社に訪ねて来た時、時間があるからというので土生町の歴史散策地図に示してある土生遺跡のあるあたりを散策してみたがせっかく訪ねたのに何もないと嘆いていました。土生だけでなく岸和田一帯の歴史を考える上で重要な遺跡であり、遺跡についての説明を標示する必要があると感じます。いずれ有志で呼びかけて市に働きかけ遺跡を示す碑と説明板の設置を実現できればと考えています。
 その遺跡を残した古代の人から脈々と受け継がれた歴史が現在の土生町までつながっているのです。私は今でも土生遺跡で見つけた古代の土器の一片をお守りのように大切に持っています。その土器の一片を通して私は古代の土生の人と語り合っていると、この地域に生きたこれまでの多くの先人と私達、そして無限の未来の子孫達が過去現在未来とこの土地に流れている一つの時間を共有し、この土地でささやかな幸せを守って生きてゆこうという思いを共有していることを感じます。
 その時間と思いを共有することの結晶として生まれてきたのがこの土生神社であったと思います。
 自然の恵みに感謝する心、先人のご労苦に感謝する心、地域で助け合い励まし合う心、子孫の幸福を祈る心。そのような心がいっぱいつまったお宮さんなのです。そのお宮さんを大切に守り、氏神様に常に見守られていることを信じ、驕ることなく、つつましくささやかでも心豊かな幸せを築き守ってゆこうとこの地域の人々は生きてきたし、これからもその歴史を受け継いでいかなくてはならないのだと思います。
 自分達の幸せだけではないのです。自分達のささやかな幸せを守ることが祖先のご労苦に報いることであり、子孫の幸せを守ることにもつながっていくのです。それがわかれば自ずから自分達の欲望だけに走ることがいかに先人の苦労を踏みにじり、子孫の幸福を破壊していくことにつながるか、わかってくるはずです。
 私は例祭を初め年中行事をこれまで宮司として三回ずつ勤め、この四月二十三日四回目の祈年祭を奉仕させて戴きました。祈年祭は春に今年の農作物の豊作を祈り、合わせて諸産業の発展繁栄と氏子崇敬者の多幸を祈るお祭です。
 元旦祭、祈年祭、例祭、新嘗祭の四大祭には本殿のほかすべての末社にお供えをするのがならわしです。この祈年祭にも当然そうしてあったのですが、本殿での祭典がすみ、社務所で直会をしている間に牛神社にお供えしてあった小餅一重ねが何者かに盗まれていました。このようなことはこれまでもありましたし、日常茶飯事のこととも言えます。二月にガラスをたたき破って社務所に侵入し金庫を破った窃盗団のことを思えば、子供のいたずらに等しい程度のことかもしれませんが、毎日熱心に氏神様にお参りに来られる方がおられるかと思うと、同じように熱心に神社に来て賽銭などを盗もうとする人間もいます。
 祈年祭から一週間が過ぎた四月三十日窃盗団が侵入した同じ社務所で岸和田警察署から佐々木省三防犯係長を講師に招き地域防犯講座を開催しました。講座では講師のお話だけでなく、大阪府板硝子商工業協同組合のメンバーによる防犯ガラスの性能実験も行いました。どうして神社で防犯講座かと思われるかも知れませんが、これは防災とか他の講座すべて同じですが、氏神様に見守られていることに感謝し、自分達で住みよい地域を作っていこうという気持ちを現し、神様に捧げる気持ちで神社での講座を開催しているのです。神様への信仰と一体になったものであって、公民館などで開く講座とは同じ内容でも心持ちは違うのです。
 それにしても最近子供が犠牲になる事件が相次ぎ、怒りがこみ上げてきます。犯人だけが悪いのではないでしょうし、そんな犯罪を生み出す社会を作ったのは私達に責任があるのでしょうが、どんな時代になっても、どんなつらいことがあってもみんな自分の弱い心と戦ってみんなと共に希望を少しでも見つけようと懸命に生きています。それなのにどんな理由があれ、他人を傷つける、まして子供を犠牲にするなんて許し難いことだと思います。
 もう二度とこのような犯罪が起きないことを祈り、どんなにつらくても他人の幸せを祈って生きていけば必ず自分にも希望が見えてくるんだという社会をささやかでもみんなで力を合わせて作っていきたいと思います。そんな私達をいつも神様は見守っていてくれますし、地域の先人達も応援していてくれることをこのお宮から発信し続けます。