森からの手紙:平成18年/葉月号
水利のお祭と豪雨災害
宮 司 阪井 健二
長かった梅雨もようやく明け、本格的な夏がやってきたようです。猛暑の日々はもうすでに何日も続いていますが、あらためてお見舞い申し上げます。
しかし七月二十日より土用に入り、十八日間が過ぎると、今年は八月八日立秋となり、もう暦の上では秋ということになります。
今年も土用入りの日には水利組合主催による土用祭の祭典を行いました。当日は当社での祭典に先立ち、午前十一時より土生滝の意賀美神社においての三社合同による土用入祭に宮司と水利組合代表一名が参列してきました。昔は水をめぐる争いが絶えず、特に水利に関して村どうしの共存共栄が大切な課題であったことから、このような同じ水系にある村が共同で行う祭が生まれ、大切に行われてきたのでしょう。ただ意賀美神社と矢代寸神社からの参列は宮座の座老と氏子総代であるのに土生神社からは水利組合の代表になっています。
午後からの当社での土用祭には水利組合の役員評議員が参列し、これからの夏の間の台風、洪水、虫の災い、また旱魃などの災害がなく無事に収穫の季節を迎えられるように祈願しました。祭典後の社務所の直会の席上で水利組合の打ち合わせもあり、樋止めの日などが決められました。
こうして水利組合主催による祭典が六月の田植奉告祭、七月の土用祭、八月の養水祭と三ヶ月続いて行われます。自然に対する畏れと感謝の気持ちがこめられたお祭であり、特に水が命と同様に大切なものであることを切実に感じながら生きていた先人の思いが詰まったお祭なのです。
今はこの地域では田んぼも減り昔ほどは水を必要とはしなくなりました。昭和三十四、五年頃までは百二十町の田があって水引さんも土生で九人いたそうです。今は二十町ほどの田で水引さんも三人いるだけです。
こうしたお祭をする意味合いも薄れつつあるということかもしれませんが、これからの時代を考えると、お祭の持っている意味はなおさら重要になってきていると感じずにはおれません。
水の問題は世界的に大切になってきているし、環境の問題や自然災害・気象の問題が地球規模で起きてきていて、この地域もその問題に否応なく直面していくことになると思います。先人から大切に伝えられてきた自然に対する慎みを持ち感謝する気持ちをあらわすお祭の意味が地域で見直される時が来ていると感じます。
今年も世界中で異常気象ということが言われていて、猛暑や豪雨の被害が各地で多発しています。日本でも島根、長野、鹿児島などに豪雨による災害が起きています。
ところで私事ですが、ここ数ヶ月何となく体調がすぐれず悩んでいましたが、先日近畿中央胸部疾患センターで検査をしてからやはり自ら動いて元気を出すことが大切なんだと感じ、自分のためにもという気持ちで去る七月二十六日の夜より長野県岡谷市に入り、豪雨被災地で一日だけのボランティアをさせて戴きました。岡谷市では船魂神社の裏山からの土石流が境内全域に流入し、本殿・神楽殿が全壊したそうです。
二十七日午前八時市役所隣にある市立文化会館に設けられた災害ボランティアセンターでボランティアの登録をしました。次々と集まってくるボランティアは二十代の若者が中心でしたが、中には年配の方もおられ、この国にもボランティアというものが確かに根付いてきていることを感じました。
ボードに地区ごとに貼られたボランティアの内容と人数。私も橋原区に行く二十名のグループの一員となって小型バスに乗り込みました。諏訪湖に面した岡谷の街の中心部は通常と変わらない様子でしたが、十分ほど走って天竜川沿いを進み、橋原公会所で私達はバスを降りました。そこで区長さんからご挨拶を受け、その言葉には何百年に一度の災害に自分の生涯で遭遇し大変だという気持ちがにじみ出ていました。そこから私達は更に軽トラックの荷台に分乗して川岸東地区に入りましたが、市の中心部からわずか十分あまりで様子は一変し、土石流に襲われた生々しい豪雨の被災地でした。付近で一名の死者もあり、山の谷間の畑を土石流が押し流し、高速道路の下を潜り抜けて集落の方に押し寄せた跡のありさまに言葉をなくしました。
私達はその一軒のお宅に入り、土石流で家の中にまで入り込んだ泥土をスコップですくってはバケツに入れリレーで道端に積み上げていきました。泥土だけでなく家財道具なども流されてきており、それらも一つ一つリレーで道端に出していきました。周りでは重機を使って復旧作業も続いていますが、たくさんの人が集まって協力し合わないと出来ない作業が続きました。作業の途中誰かが「バケツはバケツリレーをするためにあるんじゃないか」と言いました。私はその言葉にはっとして人は助け合うために生きているのではないかと思いました。
聞けばそのお宅には老夫婦が住んでおり、奥さんは寝たきりであったそうで、とんでもない災害がお年寄りの生活を襲ったものです。これまでここには災害などなかったのです。
私は一日だけのボランティアであり、復興への長い道のりの中のささやかなお手伝いをしたのに過ぎません。ただ異常気象と言われている中で起きた災害。明日はわが身かも知れませんし、他人事ではありません。それを思うと一日だけでもバケツリレーの一員になれたことは明日につながっていく気持ちがして土生に帰ってきました。豪雨被災地であらためて水利の祭の意味をかみしめたことでした。