森からの手紙


森からの手紙:平成18年/例祭号


例大祭を迎えて

                             宮 司  阪井 健二

 今年も当社の年中行事で最も大切な例大祭の日が迫ってきました。
 いつもお守り戴いている氏神様に最大限の感謝の心を現し、盛大に厳かに、そして無事故で楽しいお祭りにして戴きたく、皆様のご協力をお願い申し上げます。
 ところで今回は私が当社の宮司に就任して四回目の例大祭となります。
 土生町一町だけの氏神様である当社は、一町だけでこれほど立派な氏神様を持つ町は岸和田市はもとより近隣地域で他に例がなく、土生町が持つ歴史と伝統を現す象徴であるとも言えると思います。
 そんなお宮の宮司を勤めさせて戴いていることを私はとても光栄に感じ、神様と氏子の皆様に心より感謝を込めて日々勤めさせて戴いています。
 とはいえ、まだまだいたらないことばかりですが、自分自身のいたらなさを知り、真心だけは失わぬように心していきたいと感じています。
 もとより私の力などは微力であり、多くの方のご協力によってこの神社は守られていることは言うまでもありません。毎朝早くより清掃奉仕して戴いている方もおられ、多くの氏子の皆様の真心と力によって神社が守られ、この街が確かに神様に見守られて生活を営むことが出来ている安心感に包まれていますことを例大祭を迎えるにあたり、あらためて深く感謝申し上げます。ありがとうございます。
 去る六月十一日に私が宮司に就任して3周年のささやかな記念の集いを開催させて戴き、その中でパネラーとして総代会長である山口町会長様にもお話戴きましたが、山口会長様のお話の中に長い間懸案であった東岸和田駅前開発事業の話がようやく決まり前に進み出すことが出来たのも神様のおかげであると言われました。そして神社にお参りするのは何か願い事をするのでなく感謝の心でお参りするのが大切だとも言われたのです。私は会長様はさすがだなと思って聞いておりました。
 私達の日々の営みはまことにちっぽけなものですが、その一つ一つに大切に神様への感謝の心を込め、節目にはお祭りを行い、ちっぽけなことが決してはかないものでなく永遠の世界である神様の世界から絶対肯定されていることを共に受け止めていく、それが日本人の生活のあり方であったと思うのです。
 今回大祭を行うにあたり、岸和田港塔原線に境内の森から樹木の枝が張り出して伸び、だんじりの曳行だけでなくふだんの車両の通行にも危険になってきたため、祭礼関係者からの要請もあり、宮座々老を通じて先般の春日燈篭再建(山原圭三氏奉納)工事をして戴いた造園業者に依頼して樹木の枝の剪定を致し、合わせて境内の枯れ木を伐採致しました。
 当初の予定していた剪定の日より届出の手違いで八月三十日にずれて実施されましたが、前日私は一年ぶりに中越地震被災地を訪問する予定でした。剪定の日の朝には剪定のためのお祓いをしなければなりませんし、新潟訪問は以前からの約束がいろいろありましたので、とんぼ帰りでも何事もなく予定通りいくように祈りながら二十八日夕刻より東京経由で新潟に向かいました。
 被災地では最も被害の大きかった山古志村に中越復興支援会議のスタッフである鈴木隆太氏の車の運転とご案内で入りました。まだ通行規制もあるので私個人では行くことが出来ない村の状況を一年ぶりに見ることができ、一年前は地震直後のそのまま手つかずで置かれていて村の途中で山崩れが道を塞ぎ奥まで入ることが出来なかったところありましたが、ようやく復旧作業が全村域で本格化し進んでいるという感じがしました。工事車両には他府県ナンバーもたくさん見られましたが、道路状況はまだ悪く、がたがた道を揺られながらこれからの復興にはまだまだ遠い道のりがあることを感じました。阪神大震災の二年後の被災地のことを思い返すと、明らかに復旧は遅れているということになりますが、山間地域の被災地であり、積雪の季節もあり、単純に比較できないことは言うまでもありません。この村には(現在は長岡市に合併しましたが)山間の地理と一体になった生活があっただけに山崩れが棚田を襲い、いくつかの集落を水の底に沈めたのです。生活の根底を村ごと奪われてしまったわけです。
 長岡市の新興住宅地内にある山古志の仮設住宅も訪問しましたが、村に帰る人達の準備が着々と進む一方で帰れる見込みのない人達もおられるようです。
 村はもともと十四の地区に分かれていましたが、小さな集落は一緒になって復興したらどうかという意見に対して、集落ごとにお宮を祭っていて一緒にはなれないということで反対があったそうです。それはどんな災害が起きても地区ごとにある歴史と伝統を破壊することは出来ず、それを心のよりどころとしてこの困難を乗り越えていくんだという力強い宣言に感じられるお話です。
 この文章を書いている今、土生町のだんじりの太鼓の練習の音が鳴り響いていますが、その音もどんな困難があってもこの町の伝統をよりどころとしてみんなで乗り越えていくんだという力強い音のように聞こえ、氏神様と祖先に感謝して今年の祭も大切に心をこめて行いたいと心新たにしています。