森からの手紙:平成18年/特別号
〜追悼・坂村真民先生〜
生きられない人間が生きるということ
宮 司 阪井 健二
去る十二月十四日の夜のことです。翌日に宅神祭(年末に氏子二百数十軒の神棚をお祓いして回ります。)の初日を控え、早めに帰宅をと思いながら、神戸の北野天満神社で開かれた「震災を生きる宗教者のつどい」の忘年会に参加しました。
震災から一年後に発足したこの集まりに私が参加したのは発足からずっと後のことですが、震災の中で宗教宗派を越えて祈りを共にした宗教者の交流から学ぶことがたくさんあります。
私は神社で生まれ育ちましたが、十代の頃挫折感を味わい、今で言う不登校に近い時期が長く続きました。高校時代も孤独と苦悩の中で一人家を離れ、四国の海辺の町で二年間を過ごしましたが、その頃同じ愛媛県におられた現在では国民的仏教詩人として名高い坂村真民先生に出会い、私を助けて戴き、人生に大きな影響を受けたのです。初めて先生にお会いした頃、先生から戴いたご返事のお葉書に次のように書いて戴いています。
「とてもいい手紙を頂きました。私も一宗一派にこりかたまって、他の宗派を攻撃する人たちを好みません。あなたの持っているものは実にいい。それを大切にして下さい。」
自分がどんなことを書いて先生に送ったのか忘れてしまいましたが、神社で育ちながら、神社の狭い世界でなく、もっと広い宗教の世界を求めていた自分の思いを先生にぶつけたのだと思います。高校生の稚拙な考えを書いた文章を先生は真剣に読んで下さり、その思いをくみとって下さったことを今あらためて感じます。
先生との出会いから導かれるように私は臨済宗の大学に進学し仏教を学んだのです。また釜ヶ崎の活動では長年キリスト者との交流があり、そして阪神大震災ではまたこのように一宗教を超えた祈りのつどいにご縁を戴くことになりました。
真民先生の祈りが私の全身全霊に満ちて導かれていると感じないではいられません。
今回つどいに参加するのは久し振りでしたが、今回の幹事は私と同年の湯泉神社宮司さんでした。キリスト教、仏教、神道、立正佼成会などあらゆる宗教の人が宗教の壁を越えてこうして交流していくことの中にあの震災の中で見つめた命の尊さをかけがえのないものとして守っていく大きな世界への小さな一歩を感じさせる楽しいひとときを過ごさせて戴きました。
私は翌日のことを考えて中座して帰路に着きましたが、家にたどり着いてふと見ると実家の母から電話が入っていたことに気づきました。母にかけ直してみたところ、予想もしていない真民先生の訃報を知らされました。愕然としました。
十四日付で新聞各紙が訃報欄に「詩人坂村真民氏が十一日九十七歳で逝去、葬儀は親族だけですまされたこと」を報じています。
昨年先生がペンをとられなくなってから、いつかこの日がくることを心のどこかで覚悟していましたが、それが現実となると全く実感が持てません。ただ十代からの先生との思い出が走馬灯のように駆け巡り、涙があふれ出ました。
一番思い出すのは、私が大学に入学が決まって先生のご自宅に報告に行った時、帰り際一度はお別れの挨拶をして先生の家を出たのです。そしてバス停でバスを待っていると、先生がバス停まで走って来てバスが出発するまで手を合わせて私を見送って下さったのです。
あの時の先生の姿は私の命の中に焼きついています。
あの姿を思うだけで私は先生に何一つお返しが出来ないまま先生とお別れしてしまったことに深い悔いが残ります。
私は晩年の真民先生とはあまり会う機会がありませんでした。それは先生の周りにあまりに多くの人が集まり、取り巻きの人達に距離を感じたのが一つの大きな理由です。
六年ほど前神道青年全国協議会の中央研修が松山で開かれ参加した時ご自宅に訪ねたのが先生に直接お目にかかった最後になってしまいました。その後間もなく母方の祖父が百歳を越えた時母が祖父を真民先生の所に連れて行き、先生は大変感動されて百歳まで生きると言う詩を発表されました。
私が土生神社の宮司になった時神社名がいいですねと祝福して下さいました。その後もお葉書でこれからのあなたの生き方が本物になると励まして下さいました。しかし先生のご期待には何一つ応えられていない私です。
坂村真民全詩集第六巻に私の若い頃に真民先生があなたへの詩ですと私に書いて戴いた「K君へ」という詩が出ています。「孤独に耐えて 立つ木 孤独に耐えて 動かない石 孤独に耐えて 座り続ける菩薩 ある日地球が言う 俺だって どんなに耐えているか わかってくれと K君よ こういう同志同心の声を聞いて 生きてゆこうではないか。」
私は先生の弟子でもないし、先生を師匠と呼べる人間でもありません。ただ先生に人生を救って戴いた一人の人間、先生との出会いがなければ今日の私はありません。
先生は「私のテーマは生きられない人間が生きるということです。」とおっしゃっています。私もそのテーマを大切にし先生にほんの少しでもお返しが出来るようにこれからの人生を大切に生きていきたいと心に今誓っています。
坂村真民先生 ありがとうございました。私の生涯の恩師であり、 命の支えです。心より感謝の意を捧げ、ご冥福をお祈り申し上げます。