森からの手紙:平成19年/陽春号
歴史の光を受けて生きる
宮 司 阪井 健二
いつもお世話になりましてありがとうございます
さて私が土生神社の宮司に就任して五年目に入っていますが、この伝統のある神社の宮司としてまだまだ十分な責任を果たせていないことを申し訳なく思いながら、この五年目の春にあたり心新たに一歩を踏み出したいと決意しています。
土生町の氏神様として篤い崇敬を受けてきた土生神社は、先人が私たちに投げかけて下さっている歴史の光をいくつもいくつも受け止めることの出来る場所でもあると思っています。
土生神社の境内には出井と呼ばれる湧き水の淵があることが知られています。もともと三ヶ所ぐらいから水が湧いていたそうですが、現在では周辺環境の変化もあり、水の湧きは悪くなっている上に手入れが行き届かず、淵も瀕死のような状態です。でも元はといえばやはりここに豊富な湧き水があったから神様がおまつりされる場所になったに違いありません。遥か昔は現在の津田川が今よりずっと北よりに流れていて土生の辺りもその旧河床ということだそうで、その伏流水が淵となって湧き出ているのでしょう。矢代寸神社近くの大師渕、神須屋町の夜星や新渕、土生の式部渕、作才の恋の渕・恋醒めの渕などすべてそうです。
神道では死んだ人がまず行くところは黄泉国(よみのくに)です。一度死んだ人が生き返ることを「よみがえる(黄泉から帰る)」と言います。泉という字が使われていますが、古代の人は水の湧く泉に生死を通う道があると感じていたようです。水の湧く様子に生命力を感じ、その場所を神聖視していたのです。
目に見えない地下から湧いてくる水は、闇の世界を突き抜けてくる光の存在として私達の先人のいのちの感性に深く響くものがあったのです。それがここに神社が祀られることになった理由です。
平安中期以降熊野詣が盛んになっていきますと、一番多く使われたルートが和泉国を通っていきます。国の名前のもとになった清水は残念ながら現在は涸れてしまいましたが、降水量の少ないこの地方ではため池が多く作られる時代以前湧き水は生活に欠かせない場所でもあったはずであり、国の名前に泉を使うほどその場所を意識することが強かったと思われます。
熊野詣はよみがえりの信仰だと言われ、偶然ですが和泉の国を通っていく、古代の南海道にほぼ沿いながら台地下の通りやすいところを通っている熊野道は台地下の湧水帯を通ることになり、熊野に向かう人々はその参詣道にある泉をただ通り過ぎるだけでなく、そこで神祭りをしたとも考えられています。現に作才の後世小栗街道と呼ばれた熊野街道沿いに神聖な土地を意味する「しきじ」の地名が残され、「しきじ」というところから付近の渕に和泉式部の伝説も生まれたと言われ、神祭を行った渕と見られます。
ところで土生神社の一つの創建伝承は白河上皇が寛治四年(西暦1090年)初めて熊野詣をされた帰途この付近に美しい蓮の花が咲いているのをご覧になって熊野神社をお祀りしようとしばらくこの地に留まられた時、当時土生の村人達は意賀美神社を村の産土神として仰いでいて遠いので鎮守の神様をお祀りしたいと願い出たところ許され、天神さんをお祀りしなさいとの上皇の御意により村の代表十六人が京都の北野天満宮に行って御分霊と道真公真筆の法華経を戴いてきてお祀りしたとされているのです。
その時上皇が「蹕(ひつ)を駐められた」所に社殿を築いたのが当社だというのです。またその際上皇が富士山形の石を通して熊野神社を遥拝されたと伝えられていて、その遥拝石が現在当社本殿の横に末社熊野神社として祀られているのです。なおこの時上皇が勧請したとされる熊野神社は現在別所町のちびっ子広場に跡地を示す碑が建っていて神社は岸和田天神宮に合祀されています。
土生神社のもとになるお宮はここにもっと古くからあったのではないかと私達は思っているのですが、この伝承は熊野との関わりと天神さんをお祀りしたことを伝えているということで神社が新たな姿を持った時の歴史を伝えているのではないかと考えています。
この地に熊野詣の白河上皇が駐蹕されたということを一つの歴史のページとして大切に当社の創建伝承にして伝えられてきているということの意味をかみしめたいと思います。
私達はこのはかない生の時間を通して永遠の時の流れを透かして見ながら歴史を生きていると思います。
移り変わっていくから、はかないからこそ、永遠のものが存在することを知り、神様の存在に出会うのだと感じます。
神社に刻み込まれている歴史は、先人が時の流れに漂いながらも永遠の世界から導く神様の光にふれて暗闇の中を一歩前に踏み出していく信仰によって刻まれてきたと思います。
私達は今まさにその先人達の歴史の光を受けて生きているし、時を越えて先人とも未来を生きる人とも変わることなく神様の光に照らされて共にこのはかない生の時間を生きているのだと感じます。
時の流れに漂いながらも永遠の世界に見守られ生きていることを見失うことのないように神社は心のよりどころとして大切に守られてきたのです。
目に見える世界だけがこの世界ではない、地下から湧いてくる泉のようにこの世界も目に見えない世界から湧いている世界であることを教え続けてくれるこの湧き水に抱かれている神社を今後も大切に守りぬきたいと願っています。