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小さな友の会について

心のつながりの回復を願って、土生神社を拠点に宮司が個人的に主宰する
小さな友の会の活動を紹介するコーナーです

 平成18年3月25日(土)土生神社社務所を会場に「小さな友の会」を開きました。 今回は『生きるとは夢を持って歩き続けること〜両腕を失って見えてきたこと〜』をテーマに奥塚明さんにお話をして戴き、語り合いのひとときを持たせて戴きました。

 奥塚さんは22歳であった昭和60年3月17日地下鉄千日前線桜川駅のプラットホームで倒れ線路上に転落、入ってきた電車に轢かれ、一命は取りとめたものの両腕を失うという事故に見まわれました。その後も婚約者の自殺、母上の不慮の死と過酷な運命が奥塚さんを襲いましたが、自らの力でその運命をはねのけ、新たな人生への一歩を踏み出されました。今では結婚して一児の父ともなり、全国で夢を持って生きることの大切さを訴えて講演やコンサート活動を行っておられます。

 今回土生神社には奥さんと小学校一年生のお子さんと親子三人で来て戴きましたが、15年余り前奥塚さんに初めて施設でお会いした時は今日の奥塚さんの姿はとても想像出来ませんでした。まだ事故にあった心の後遺症もかなり感じられ、本人の意志とは別に何事もマイナスの方向に引きずり込んでいくような強いエネルギーが奥塚さんには働いていました。

 奥塚さんと私が出会うことになったのは全くの偶然のことでした。それは私が月に一度ボランティアに行っていたある知的障害者の更生施設に近くの身体障害者の施設の入所者がカラオケの交流会で来られ、偶然その日ボランティアに行っていた私と近くの施設から来られた奥塚さんが出会うことになったのです。人生の縁とは不思議なものです。それから奥塚さんとの縁を深めるうちに、奥塚さんが施設を出て生きていきたいという強い希望を持っていることを知りました。

 私は奥塚さんを施設に迎えにいっては私の家に泊まって戴き、あちこちと出会いを求めて歩くようになりました。それが「小さな友の会」の始まりです。ある時その日の予定を終え、施設まで奥塚さんを送り届けたのですが、施設に届けてある帰りの時間前であり、門限までまだ間があるのに施設の入り口は閉ざされ、宿直の職員は二階の部屋に上がってしまっています。ベルを押しても誰も気づいてくれません。奥塚さんは二階の部屋に向かって何度も何度も大きな声で叫びました。その姿を私は横で見ながら家族が待っている家ではない施設の暮らしとはこんなものなのかと愕然として、その奥塚さんの叫ぶ声がいつまでも耳の底にこびりついて消えないで残っています。地域で暮らすこと、家族と暮らすこと、それがどんなにありがたく大切なことかを痛感したのです。

 その後奥塚さんはご縁が広がり、事故前に演歌歌手としてデビューしたこともあった奥塚さんであったので、全国でコンサート活動をするようになっていきました。サポートしてくれたのは国際エンゼル協会の職員として国際協力で活躍している加藤圭二さんという人で、加藤さんがギターを片手に奥塚さんと活動を共にされたのです。そうした活動が実り、多くの人に励ましを与えたばかりか奥塚さん自身施設を出て大阪市内で暮らすようになり、人生の伴侶ともめぐり合い家庭を持たれることともなりました。

 一方「小さな友の会」はささやかな歩みを続け、平成7年1月17日勃発した阪神淡路大震災では神戸などでの活動をし、特にポートアイランド第六仮設住宅ふれあいセンターでは毎月一度ゲストを招いてのお話と交流の集いを一年間続けました。また西成での学習会を開き、ホームレスの方の支援を呼びかける活動を行ってきました。

 ここ数年は岸和田市立福祉センターを会場に毎月集いを開催し、自然災害の被災者やホームレスの方、またひきこもりの若者支援などの輪を広げる活動を続けてきましたが、今年に入り、会場に土生神社社務所をお借りし、地域の人の交流を兼ねて集いを開くこととしました。

 3月の会には十代のお子さんのことで悩んでおられる母親の方も参加されておられ、涙を流して奥塚さんのお話を聴いておられました。ある参加者の一人が「障害者になられてから障害に対する見方が変わりましたか?」と質問されたのです。奥塚さんは初めは自分は障害者になってしまったという気持ちが強かったけれども十年ぐらい経つうちに健常者と何の隔たりもない気持ちで生きることが出来るようになったと言うのです。奥塚さんの今日までのご自身の努力には大変なものがありました。それと共に多くの方の支えもありました。その中で奥塚さんは人は支え合って生きるものであり、一人で生きるものではないということに気づき、感謝の気持ちを持つと同時に障害者としての劣等感が吹き飛ばされていったのでしょう。

 そのような会もともすれば感動の涙を流すだけで終わりになってしまいますが、その日の会には土生神社の総代会長である土生町会長さんが出席して戴いていて、会の交流が進む中でご自身の若い頃の失敗談をさらけ出されてお話されたのです。私はその話を聞きながら感動することも大切であるけれども、特別なことを求めるのではなくこうして人と人が心を開いて語り合う場があることが大切なんだと教えて戴いたように感じたのです。

 「小さな友の会」は神社主催の会ではなくあくまでも宮司である私個人が主宰している活動でありますが、神社が地域に開かれたものになっていくためにはまず宮司である私が心を開くことが大切であり、この活動はその一つの場でもあります。私が主宰している以上神道が背景にはありますが、基本的には宗教や思想信条を越えて人と人が出会っていくことを願っています。そして障害者であろうと健常者であろうと、比較してそう決められているだけで、本当はみんなそれぞれの人生を生きているだけで対等であり、比較することよりも助け合って生きていくことが大切なんだという共感と信頼関係を地域に築いていくお手伝いをしたいと考えています。どうかお気軽にどなたでも土生神社での交流会にご参加戴きますようにお待ちしております。

                                        阪井 健二

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